?「路地には椰子油とナンプラーとバナナの腐ったようなにおいと、人間の消耗の臭いがあつぼったく澱んでいて、その臭いを嗅ぐとヤワラーにからだをはこんできたことをようやく実感する」 1980年代、まだバックパッカーという言葉もなかったころの傑作旅行小説『バンコク楽宮ホテル』の著者が、再びバンコクを訪れた。急速に近代化が進むバンコクと、そのなかにあって相変わらずの混沌を見せるヤワラーやクロントイを背景に、懐かしい面々との邂逅(かいこう)や暗黒社会との接触を描く。 何といっても登場人物が皆恐ろしく個性的だ。アフガン帰りの筋金入りの旅行者、狂犬病氏。クロントイに住む怪しい男、長兵衛。少々頭の弱い蔡君。謎の老人、雲仙老。タイ人の妻をもつ伊勢崎君。ウズベキスタンから来た若い女性モニカ。ひと癖もふた癖もあるキャラクターたちの視点から、国際情勢や裏社会、さらには20年という歳月が変えたもの、変えなかったものを描き出してゆく。巧みに描写されたバンコクの混沌とした空気が、ともすればおとぎ話にもなりかねない彼らの存在に重厚なリアリティを与えている。 決して感傷に満ちた紀行ではない。50代になった著者はむしろ冷淡ともいえる目で、20年後の現実を受け入れていく。しかし、現実を受け入れることこそ、旅行者の視線なのだろう。著者は体力の衰えをしきりと口にするが、元旅行者、そして現役の旅行者に、再び旅に出たいと思わせるバイタリティーはいまだ健在である。(大脇太一)
谷恒生よ永遠に
前回の「バンコク楽宮ホテル」からかなりたってからの本なので、時代背景も、ヤワラーも変わっているし、「どうなんだろう・・」と思いながら、読みました。 いらん心配でした。 谷恒生独特の感性で描いてあります。前作の世界が、ぐわ〜〜っとよみがえってきます。それって、すごいことですよね。歳月がぶっとぶんです。(でもちゃんと現代のことが書いてあるのですが) ちょっとハードボイルド(?)そして汚い。(けなしてるのではありません) 女の子も読んだらいいですよ。是非。
熱い旅ブームが終わった後の日本人論
ホアランポーン駅からチャイナタウンに向っていき、雑然としたロータリーの一角にある「楽宮ホテル」。もともと連れ込み宿だったこの安宿を有名にしたのは、谷恒生さんの前作にあたる「バンコク楽宮ホテル」と、ドミトリーの壁に書かれた「金のアメリカ、歴史のアジア、耐えてアフリカ、、、何もないのがオセアニア」という落書きでした。 日本円が変動相場制になり、日本を旅するよりも海外に出た方が安いと言われはじめた時期に書かれた谷恒生の小説は、海外を見てしまった日本人たちの戸惑いを浮き彫りにし、楽宮ホテルの落書きは世界を見てしまったと傲慢にも言い切ってしまった日本人旅行者たちの心情を伝えました。ツアーではなく個人旅行で海外に飛び出した日本人たちは、そうした時期を経て、今はどうしているのか。谷恒生は再び楽宮ホテルの薄汚れたベッドに身を横たえて個人旅行ブームの後を冷徹な視線で捉えます。 単なる旅行小説にとどまらず、世界の中の日本人の位置を痛烈に暴き出す傑作小説です。この続編が作られたことで、「バンコク楽宮ホテル」は特殊な時代を描いた小説からより普遍性を持った日本人論になったといえるでしょう。
小学館
バンコクの匂い バンコクに惑う (双葉文庫) 怪しいアジアの怪しい人々―怒濤のアジアに沈んだヤツら (ワニ文庫) 裏アジア紀行 (幻冬舎アウトロー文庫) バンコク危機一髪 (角川文庫)
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